読書感想文:「村田エフェンディ滞土録」(梨木香歩/角川文庫)2011/03/05

 ちょっと思い立ったので本の感想文とか書こうと思います。まずはこれ。

「村田エフェンディ滞土録」(梨木香歩/角川文庫)
 「家守綺譚」(梨木香歩/新潮文庫)の外伝、というよりは兄弟か。
 共通項としては舞台となる時代は約百年前、ちょっと色々不思議の寄り合う家、独身の男である主人公の目を通して書かれていること。
 違うところで言えば、それ以外のほぼ全て。
「家守」の舞台は日本で「エフェンディ」はトルコ。
「家守」の綿貫君に征四郎、とフルネームの設定があるのに対して村田君は名字だけ。
 一軒家独り住まい+犬の綿貫君と、下宿屋に家主も含めて同居人4人+鸚鵡の村田君。
 文筆業と、勤め先のある考古学者とは似ているようで違う職。
 何より「家守」の時間は湖の底のように動かないのに対し、「エフェンディ」の時間は川のように流れていく。
 だから、多くの共通項を持ち、かつ互いの作中にある程度の出番を持ちながら、どちらが主とも、また続編ともつかない妙な関係性になるんだと思います。発表年次はどうやら「エフェンディ」が後ですが、同時平行に書かれていたんじゃないかしら。もしかすると同じプロットから派生した2作なのかもしれない。
 読むんなら2作まとめて読んだ方がいいですね、これは。それぞれの持ち味が違う分、見える世界が格段に広がります。

 持ち味の違いは、多分語り手たる綿貫君と村田君の違いでもあると思うのですが。
 綿貫君が人以外の何らかの存在にやたらめったらモテまくりなのに対し、村田君ははっきり言えば非モテである。アヌビス像を怒鳴りつけて家出され、それなりのご縁があるお稲荷さんはどうやら大層に性格がキツい。
 そもそも村田君にあまりそういうものと交流を持とうという意欲がない。観察はするし、否定も排除もしないけれど、どうやら受容はできないタイプのようである。
 というか綿貫君の受容レベルが高すぎるんですけれどね。
 そんな訳で、変わったものとの交流が多い「家守」が「綺譚」なのに対して「エフェンディ」はもっと現世的というか、人や社会との繋がりに主眼を置いた「滞土録」、つまり覚え書きや回顧録の傾向が強いです。
 結果、正直言って時代がいつでも構わない「家守」と違って「エフェンディ」は時代背景や歴史の影響がぐっと濃くなります。
 時は流れ、世情は変わり、あるのが当然だったものはいつの間にか消える、諸行無常の哀しさは「エフェンディ」にしかありません。
 そしてその哀しみを和らげるのが、この世界がつながっている「家守」の世界であり、逆に「家守」の世界に潜むそこはかとない頽廃と破滅──死の世界の匂いが「エフェンディ」につながっていることで薄らいでいく気がします。
 表層と深層の対流ができるイメージですかねえ。

 それで、なんというか。そういった比較対照をしながら読み込みをしていると、綿貫君と村田君の性格の違いが読み込めて、楽しかったですね。
 さっきちょっとだけ言いましたが、綿貫君の自分以外のものや常識外の事象に対する受容性は、あり得ないほど高いのです。「エフェンディ」を読んだ後だとはっきりわかります。受容性が高いというか、受け入れる方向でそれまでの自分を変えることに躊躇いがないというか……。容器に液体を入れると液体は容器に合わせて形を変える、あの速度で変容しています、綿貫君は。
 これに対し、村田君はそういったものを否定したり排除したり、ということはしないし理解にも努めていますが、自分を変えるということが一切ありません。見た目によらない頑固者です。
 あぁ、だから綿貫君は文士で村田君は学者なのだな……。と思いました。綿貫君の方が変人だものね……。観察して分析した結果を意見として発表したりするには自分の立場がしっかりしてないとね……。
 ついでに言えば受け入れてくれない村田君より、すべてを受け入れる綿貫君の方がモテますよね……。
 きっと、村田君は変わらない。
 折り合って妥協すれば楽になるのに、変われない。
 不器用で、学問の高みに崇敬の念を抱く純粋な学究で居続けるのは、きっと孤独の道に違いない。
 それでも時が経ち環境が変わり、立場が変わっても、彼は周りの人の愛した「村田エフェンディ」のままでいるのだろう。
 だからこそきっと、あのラストシーンがある。
 ──ディスケ・ガウデーレ。
 楽しむことを、学べ。
 物語の果て、この言葉がなんと切なく響くことか。

 あれは、いい結びでした。泣けるけど、幸せ。

「家守綺譚」と併せて友人N嬢からお薦めいただきました。ありがとうね。
 他に書こうと思った本があったけど、ちょっと思わぬ長さになってしまったので先送り〜。

生存報告2011/03/13

 すいません報告が遅れました。
 無事です。まぁ、東京エリアはやっぱり何というか……全体の被害としては大したことないので。
 家も家族も無事で、本棚からちょっと中身が流出したのと埃が盛大に落ちた(掃除しろ!)位で済みましたし、食器棚も出しっ放しのグラスも壊れずに保ちました。
 うちで割れたものと言えば、流し横の調理台から落ちた案配が悪かったらしいスープボウルが1個と、母が天袋を開けた拍子に転がり出た花瓶の直撃を受けた唐獅子の置物が1個、それだけです。曾祖父のもので、結構可愛い唐獅子だったのでちょっと惜しい。だが仕方がない。
 パソコン一式もパソコンデスクから落ちただけで、きちんと動いております。そのはず。
 どうも余震が頻繁なのと、マンションの10階(しかも耐震・免震などという気の利いた構造ではない時代の建物)なのでより揺れが増幅する楽しくない仕掛けでありますから、まぁ今後が不安ではありますが……。
 とりあえずは現況無事です。

 当日は出先から帰宅まで3時間ほど歩くという貴重な経験をしましたが、交通機関が麻痺しているというだけでこんなに道を歩く人が出るものか!とびっくりしました。
 道路も無事で、ライフラインも深刻な被害ではないという恵まれた状況で、歩く人の渋滞が起きるほど人がいる訳です。もし、これで状況が悪化したら……と考えるとすごく怖かったです。
 運動靴でしたが、2時間くらいまでは余裕で歩けるけれど、だいたいそこから先は足が痛くなり始めるということも経験として覚えておこうと思います。
 足の裏とね、あと痛くなった場所で自分の歩き癖がわかります。私の場合左の足首と右太ももでした。左で蹴った勢いを右の太ももで押し返してバランスとってるってことかしら。
 それにしてもライフラインが無事、ということがどれだけありがたいか。だって上下水道が壊れていたらトイレ借りられない訳ですからね。電気が通っているから街灯も信号も使えている訳です。だから安全に、さしたる困難も不安もなく帰宅できた訳ですよ。
 どこのコンビニも買い物客で一杯で、街頭テレビがあるとそこに集まって情報を得て、深刻じゃないけど非常事態の不思議な高揚感があったように思います。
 あぁ、あとこれも覚えておこう。
 青山表参道近辺の商業施設は軒並み閉めちゃってて、トイレや物資の補給には何の役にも立ちませんでした。
 そりゃぁテナントの大半は緊急の客が飛び込んでくる可能性の低い服飾系だ。中が散らかれば片付けもあるだろう、余震を考えれば飲食系で火を使うことは避けたいし、中で事故があれば物理的な損害はもとより大幅なイメージダウンになるからね。わかるよ、安全第一だ。
 とは思うものの、妙に賢いその対応に、冷たいものを感じました。あぁ、そういう人なのね、と。
 まぁ普段からだってお高く止まったところはある場所ですけどね。イザって時には当てにしちゃいけない人なんだわ。
 あと、ファーストフードは閉めてる率が高めでしたね。多分火の気を使うから……。素直に「避難のため」と書いてあるところは何となく親しみが持てます。
 チェーンでも喫茶系は開いてるところが多かったかな。交通機関の復旧を待つか、休憩かのお客さんで賑わってました。居酒屋は開いてるとこと閉まっているとこは半々位、地下の店も多いので入りの程はよくわからない。でも私はアルコール入れる気分じゃなかったなあ。

 まとめて言えばなんでもないエリアでも怖かったと。本当を言えば現在進行形で怖い。
 まして、被害の中心地をや。
 事態の収束と復興を祈って、具体的にできる事としては明日にでも募金してこようと思います。

現況報告2011/03/17

 相変わらずぴんぴんしてますが、相次ぐ地震にちょっと気持ちは下がり気味、です。
 恥ずかしながら昔から、地震は……そりゃ得意な人はあんまりいないでしょうが、ちょっとの地震で机の下で小動物のようにプルプルする程度には苦手、つまり人並み以上に弱い方でして。
 東京の揺れなんて震源域に比べりゃ屁みたいなもんですが、それでも怖いもんは怖いんでありまして、地震!と思って情報を検索するとただの勘違い、ということがひんぱんに起こるようになりました。
 落ち着け、自分。

 まぁでも昨日、一昨日は外に出てましてね。
 緊急に必要な日用品じゃなく、かつちょっと普段買わないようなものを買ってきました。回れ、市場!
 んっと、一昨日はここ数ヶ月買うかどうか迷ってたスカパラのライブDVD。昨日はスイートピーの花ですよ。
 うん、気持ちが凹んだとき程がんばった買い物ってするものですね。
 元気出したくて買ったものは、確実に元気をくれる。
 節電の折ですし、気分もちょっと落ち着かないところなのでDVDも全部見られた訳じゃないですが。(何せライブ2本+付録の3枚組なので)
 大丈夫、明日からまた頑張っていける。
 インフラに深刻な打撃のないエリアから、今できることって言ったら節電と援助物資を圧迫しない消費と、後は募金ですものね。
 ……募金、そういやスーパーの募金箱にちゃりーんと入れたっきりなので、今度は口座を使った義援金入れてこないとね。

 本当はもう少し気分の和む馬鹿話でもアップできればいいんですが。
 気持ちがほぐれてくると余震が来るという現況なので、もうちょっと落ち着いてからでないと無理、かな……。
 頑張れ自分。頑張れ皆。
 早く笑い話ができるようになるといい。

へぶしっ。2011/03/23

 鼻が出るなぁ、花粉症じゃないけど元々アレルギー性鼻炎だし、何かホコリでも吸ったかしら、と鼻炎によく効く漢方薬の箱を手に取って、ふと気が付きました。
 頭もぼーっとして、熱と言う程じゃないけど平熱より高め。地震以来部屋の暖房は使ってなく、そういやこないだ起きてみたら布団が随分剥げて。

 つまりあれだ。

 風邪じゃ ないのかな。

 この根性ナシ!(泣)

 そんなわけで薬飲んで着膨れて布団に入ってます。
 相変わらず余震がくるたびにビクビクしてますがさすがに慣れてきました。ちょっとは。

 今にして思うんですがね。地震で揺れてる最中、点滅する蛍光灯を見ながらやけに冷静に「今いる建物は古いけどガラス部分が多いでもなく、どっしりしてるから多分大丈夫。慌てて狭い外階段に向かう方が危険」とか考えてたのは、多分怖さのあまり色々吹っ飛んだんでしょうなあ。
 あの、加速度的に揺れが強くなる瞬間の記憶が体から抜けない。

 あ、そういや募金は行ってきました。あちこちの寄付金が日赤を送り先にしているので、私は中央募金会にお振込。赤い羽根っす。一回きりじゃなくて継続してやらなきゃね。忘れないようにしよう。
 でもなんか、小銭じゃない募金をすると「最終的な使い道はどうなってるんだろう」って気になりますね。
 今はNPO団体でも大掛かりに活動してるところも結構あるし、今後募金ってもっと送り手の意志を持った金になっていくんだろうなあ。災害支援活動自体も今が変わり目なのかもしれないね。
 単なる義侠心だけじゃなくて、夢のある使い道なのかもしれない、募金。